目次


1. 慰謝料を払わない相手に差し押さえはできるのか?


結論からいえば、一定の条件を満たせば、慰謝料を払わない相手の財産を差し押さえることは可能です。


差し押さえ(強制執行)とは、裁判所の力を借りて、相手の財産を強制的に取り立てる法的手続きのことです。相手が任意に支払わない場合の「最終手段」として位置づけられています。


ただし、相手方が支払い義務を認めていたとしても(典型的には、支払い義務を定めた示談書が作成されていても)、いきなり相手の財産を差し押さえられるわけではありません。差し押さえを行うためには、以下の条件を満たす必要があります。



差し押さえに必要な5つの条件


  • 債務名義があること(裁判の判決、調停調書、公正証書など)

  • 債務名義に執行文が付与されていること(一部例外あり)

  • 債務名義が相手に送達されていること

  • 相手の住所が判明していること

  • 差し押さえる財産を特定できること


特に重要なのが「債務名義」です。これがなければ、そもそも差し押さえの手続きを始めることができません。


2. 差し押さえに必要な「債務名義」とは


債務名義の種類


債務名義とは、強制執行を行うための根拠となる公的な文書のことです。簡単にいえば、「この人はこれだけのお金を払う義務がある」と裁判所や公証人が認めた証明書です。


慰謝料の差し押さえで使える主な債務名義は以下のとおりです。


債務名義の種類

取得方法

特徴

確定判決

訴訟を提起し、判決が確定

最も一般的。

仮執行宣言付き判決

訴訟の判決時に裁判所が付与

判決確定前でも執行可能

和解調書

訴訟中に裁判所で和解が成立

判決と同一の効力を持つ

調停調書

家庭裁判所で調停が成立

離婚調停などで作成される

審判書

家庭裁判所の審判で決定

審判確定後に執行力が生じる

強制執行認諾文言付き公正証書

公証役場で作成

裁判なしで執行可能。事前の合意が必要


債務名義がない場合はどうする?


示談書や念書など、当事者間で取り交わしただけの書面は債務名義になりません。このような場合は、まず訴訟や調停を申し立てて債務名義を取得する必要があります。


これから慰謝料の取り決めをする方は、強制執行認諾文言付きの公正証書を作成しておくことを強くお勧めします。「強制執行認諾文言」とは、「この取り決めを守らなかった場合は、強制執行を受け入れます」という旨の条項です。これがあれば、相手が支払いを怠った場合に、裁判を経ずに直接差し押さえができます。


特に、支払いが長期の分割になっている場合などは、支払いが途中で止まってしまう恐れがあります。そのようなときは、支払いが滞ったら直ちに強制執行できるよう、公正証書を作成していくことが有効な方法です。


執行文と送達証明書


債務名義を取得したら、次に「執行文の付与」と「送達証明書」を取得する必要があります。


執行文とは、債務名義に基づいて強制執行ができることを公的に証明する文書です。確定判決や調停調書の場合は裁判所に、公正証書の場合は公証役場に申請します。


送達証明書は、債務名義が相手に届いたことを証明する書類です。相手が債務名義の内容を知らないまま財産を差し押さえられるのは不公平なため、事前に送達されていることが必要とされています。


3. 差し押さえできる財産の種類と優先順位


差し押さえの対象となる財産は、大きく「債権」「不動産」「動産」の3種類に分かれます。


債権の差し押さえ(最もよく使われる方法)


債権執行は、相手が第三者に対して持っている金銭債権を差し押さえる方法です。慰謝料の回収では最も実効性が高く、よく利用されます。


差し押さえ可能な債権の例


  • 給与債権(勤務先に対する賃金請求権)

  • 預貯金債権(銀行に対する預金払戻請求権)

  • 売掛金(取引先に対する代金請求権)

  • 生命保険の解約返戻金

  • 賃料債権(不動産を貸している場合)


給与の差し押さえ


給与の差し押さえは、相手が会社員であれば毎月継続的に回収できるため、最も効果的な方法といえます。


ただし、給与の全額を差し押さえることはできません。相手の生活を保障するため、以下の範囲で制限されています。


給与の手取り額

差し押さえ可能な範囲

44万円以下

手取り額の4分の1まで

44万円超

33万円を超える部分の全額


例えば、手取り月収が28万円の場合、差し押さえできるのは7万円(28万円×1/4)までです。一方、手取りが50万円の場合は17万円(50万円−33万円)を差し押さえることができます。


給与の差し押さえには大きなメリットがあります。一度差し押さえが認められると、慰謝料全額を回収するまで毎月継続的に効力が及ぶのです。相手が会社を辞めない限り、毎月の給与から自動的に回収できます。


預貯金の差し押さえ


預貯金の差し押さえは、給与と異なり差し押さえ時点の残高が対象となります。つまり、その後に入金されたお金は差し押さえの効力が及びません。


そのため、預貯金の差し押さえはタイミングが重要です。給料日や年金の支給日など、口座に入金があるタイミングを見計らって申し立てることが効果的です。


不動産の差し押さえ


相手が土地や建物を所有している場合、不動産執行(競売)により慰謝料を回収することができます。不動産は一般的に高額なため、まとまった金額を回収できる可能性があります。


ただし、不動産執行には以下のような注意点があります。


⚠️ 費用が高額(予納金として60万円〜100万円程度が必要)

⚠️ 手続きに時間がかかる(通常1年程度)

⚠️ 住宅ローンがある場合、銀行の抵当権が優先されるため、回収ができない可能性がある


このため、不動産執行は「ローン完済済みの不動産を持っている相手」に対して検討するのが現実的です。


動産の差し押さえ


車、貴金属、美術品、高級家電などの動産も差し押さえの対象となります。ただし、以下の「差押禁止動産」は差し押さえることができません。


差押禁止動産の例


  • 生活に必要な衣服、寝具、家具、台所用品

  • 1か月間の生活に必要な食料・燃料

  • 66万円以下の現金

  • 仕事に必要な器具(農業、漁業など)

  • 仏像、位牌など礼拝・祭祀に必要なもの


動産の競売価格は市場価格より低くなることが多く、費用対効果が見合わないケースもあります。そもそも、動産は執行時までに隠されたり、移動されてしまうと、執行ができなくなります。そのため、空振りのリスクが大きいです。


どの財産を優先すべきか?


慰謝料の回収においては、以下の順序で検討するのが一般的です。


財産回収の優先度


  1. 給与債権(継続的な回収が可能)

  2. 預貯金債権(即時の回収が可能)

  3. 不動産(まとまった金額を回収可能、ただし条件あり)

  4. 動産(換価しにくいが、心理的プレッシャーになる)


4. 差し押さえの具体的な手続きと費用


債権執行(給与・預貯金)の流れ


債権執行の手続きは、概ね以下の流れで進みます。


STEP1

申立書類の準備


まず、裁判所へ申立てする際に提出する書類の準備を行います。


裁判所に申立てを行う際の書類例


  • 債権差押命令申立書

  • 債務名義の正本

  • 執行文

  • 送達証明書

  • 当事者目録、請求債権目録、差押債権目録

  • 資格証明書(当事者が法人の場合)


STEP2

裁判所への申立て


債務者(相手)の住所地を管轄する地方裁判所に申立てを行います。


STEP3

差押命令の発令


裁判所が書類を審査し、問題がなければ差押命令が発令されます。


STEP4

第三債務者・債務者への送達


差押命令が銀行や勤務先(第三債務者)と相手(債務者)に送達されます。この時点で、相手は差し押さえられた預金を引き出したり、給与を受け取ったりすることができなくなります。


STEP5

取立て


債務者への送達から1週間が経過すると、債権者は直接第三債務者から取立てを行うことができます。


STEP6

取立届の提出


回収が完了したら、裁判所に取立届を提出します。


費用の目安


強制執行にかかる費用は、差し押さえる財産の種類によって異なります。


執行の種類

申立手数料(収入印紙)

予納金

郵便切手代

債権執行

4,000円

不要

約4,000円〜5,000円

不動産執行

4,000円

60万円〜100万円以上

裁判所による

動産執行

4,000円

約3万円〜5万円

約3,000円


債権執行(給与・預貯金の差し押さえ)は、1万円程度の費用で申し立てができるため、費用対効果が高いといえます。


なお、これらの費用は最終的には債務者の負担とされており(民事執行法42条)、請求債権額に含めて回収することが可能です。ただし、最初は債権者が立て替える必要があります。


5. 差し押さえるべき財産が分からない場合は?


「相手の勤務先や銀行口座が分からない」という場合でも、諦める必要はありません。2020年の民事執行法改正により、財産調査の制度が大幅に強化されました。


財産開示手続きが有効な武器になる


財産開示手続きとは、裁判所が相手を呼び出し、保有する財産について陳述させる制度です。


2020年の改正で、開示手続きの相手方が、正当な理由なく出頭しない、虚偽の陳述をするなどの違反があった場合の罰則が大幅に強化されました。


項目

改正前

改正後

罰則

30万円以下の過料(行政罰)

6か月以下の懲役または50万円以下の罰金(刑事罰)

対象となる債務名義

確定判決等に限定

公正証書なども対象に拡大


改正前は、過料を払えば逃げられますし、過料が実際に課されることはほぼなかったため、約4割の債務者が不出頭のまま手続きが終了していました。しかし、改正後は不出頭は犯罪(前科がつく)になったため、出頭率が大幅に向上しています。実際、2020年の改正後、財産開示手続きの申立件数は前年の約7倍に急増しています。


第三者からの情報取得手続き(2020年新設)


さらに、2020年の民事執行法改正では、第三者から債務者の財産情報を直接取得できる制度も新設されました。


取得できる情報

照会先

財産開示手続きの前置

預貯金口座の情報

金融機関(銀行、信用金庫等)

不要

株式・国債等の情報

証券会社等

不要

不動産の情報

法務局(登記所)

必要

勤務先の情報

市町村、日本年金機構等

必要


特に重要なのは、金融機関から預貯金口座の情報を取得できるようになったことです。これまでは、どの銀行に口座があるか分からなければ差し押さえができませんでしたが、この制度を使えば裁判所を通じて口座の有無や残高を調査できます。


ただし、勤務先の情報取得については、すべての債権者が利用できるわけではありません。養育費などの扶養義務に係る債権や、生命・身体の侵害による損害賠償請求権を持つ債権者に限定されています。不貞慰謝料は「精神的損害」であり、「身体の侵害」には該当しないため、不貞慰謝料の債権者は勤務先情報の取得手続きを利用できない可能性がある点に注意が必要です。


弁護士会照会


弁護士に依頼すれば、弁護士会照会(23条照会)という制度を利用して、金融機関や保険会社などに照会をかけることができます。この方法は相手に知られずに調査できるメリットがありますが、回答が得られる範囲には限界があります。


6. 【被請求側向け】差し押さえを回避・軽減する方法


ここからは、慰謝料を請求されている側の方に向けた情報です。


「払いたくても払えない」「金額が高すぎる」という状況でも、適切に対応すれば差し押さえを回避または軽減できる可能性があります。


分割払いの交渉


一括での支払いが難しい場合は、分割払いの交渉を行いましょう。相手が応じてくれれば、無理のない範囲での支払いが可能になります。


分割払いの合意をする際は、必ず書面で取り決めを残してください。可能であれば、公正証書として作成しておくと、後のトラブルを防げます。


減額交渉


請求された慰謝料の金額が相場より高い場合や、支払い能力を大幅に超えている場合は、減額交渉の余地があります。


不貞慰謝料の相場は、離婚に至るケースで150万円〜200万円程度、婚姻関係が継続するケースで50万円〜100万円程度とされています。これを大幅に超える請求がなされている場合は、交渉により減額できる可能性があります。


差押禁止債権の範囲変更の申立て


差し押さえを受けた場合でも、生活が著しく困難になる場合は、裁判所に差押禁止範囲の変更を申し立てることができます(民事執行法153条)。


例えば、差し押さえにより生活費が不足する場合や、子どもの養育費に支障が出る場合などは、差し押さえの範囲を狭めてもらえる可能性があります。


自己破産


どうしても支払いができない場合の最終手段として、自己破産があります。自己破産が認められれば、原則として慰謝料の支払義務も免責されます。


ただし、以下の点に注意が必要です。



⚠️ DV(暴力行為)による慰謝料は、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」として免責されない可能性が高い

⚠️ 自己破産をすると、不動産や一定額以上の財産を失う

⚠️ 信用情報に記録され、一定期間はローンやクレジットカードの利用が制限される


請求を無視することの危険性


慰謝料の請求を無視し続けることは、非常に危険です。


請求を無視すると、相手は訴訟を起こし、判決を取得します。判決が出ても無視し続けると、いつ差し押さえが来るか分からない状態が続きます。給料日の朝、突然銀行口座が凍結されることもあり得ます。


また、差し押さえを受けると、勤務先に慰謝料の未払いがあることが知られてしまいます。給与差押えの際、裁判所から勤務先に差押命令が送達されるためです。


請求を受けたら、無視せずに弁護士に相談し、適切な対応を検討することをお勧めします。


7. 差し押さえでも回収できないケース


差し押さえの手続きを行っても、慰謝料を回収できないケースがあります。


相手に財産がない場合


そもそも差し押さえる財産がなければ、回収はできません。ただし、現時点で財産がなくても、債務名義の時効は10年間あります。この間に相手の資力が回復すれば、改めて差し押さえを行うことが可能です。


相手が破産した場合


相手が自己破産をして免責許可を受けると、原則として慰謝料の請求権も消滅します。


ただし、破産法253条1項2号では、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」は免責されないと規定されています。ここでいう「悪意」とは、単に不倫を知っていたというレベルではなく、積極的に相手の家庭を破壊しようとする「害意」を指すと解されています。


したがって、通常の不貞行為による慰謝料請求権は、破産により免責される可能性が高いといえます。


なお、相手が「破産する」と主張していても、実際には破産の申立てをしない場合もあります。このような場合は、慰謝料の減額や分割払いに応じることで、破産を回避させて回収を図ることも選択肢の一つです。


差押禁止財産しかない場合


前述のとおり、生活に必要な最低限の財産は差し押さえが禁止されています。相手がこのような財産しか持っていない場合は、回収が困難です。


8. 弁護士に相談するメリット


差し押さえの手続きは、法律の専門知識が必要な複雑なものです。弁護士に依頼することで、以下のようなメリットがあります。


財産調査のサポート


弁護士は、弁護士会照会や財産開示手続き、第三者からの情報取得手続きなどを駆使して、相手の財産を調査することができます。特に弁護士会照会は、弁護士に依頼しなければ利用できない制度です。


最適な回収戦略の立案


どの財産を、どのタイミングで差し押さえるかは、回収の成否を左右する重要なポイントです。弁護士は、相手の状況を分析し、最も効果的な回収戦略を立案します。


例えば、預貯金を差し押さえる場合、給料日の翌日に申し立てを行うなど、タイミングの見極めが重要です。こうした判断は、経験豊富な弁護士でなければ難しいでしょう。


手続きの代行


差し押さえの申立書類は複雑で、書式や記載事項に不備があると却下されてしまいます。弁護士に依頼すれば、書類作成から裁判所への提出、取立てまで、すべての手続きを代行してもらえます。


精神的負担の軽減


慰謝料の問題は、感情的になりがちな場面が多いものです。弁護士が間に入ることで、冷静かつ法的に適切な対応が可能になります。


9. よくある質問


Q.慰謝料の支払いを無視し続けるとどうなりますか?

A.まず内容証明郵便で請求が届き、それでも無視すると訴訟を起こされます。裁判に出席しなければ、相手の主張どおりの判決が出て、差し押さえが可能になります。いつ差し押さえが来るか分からない状態が続くため、請求は無視せず、早めに弁護士に相談することをお勧めします。


Q.示談書があれば差し押さえできますか?

A.当事者間で作成した示談書は債務名義にはなりません。示談書に基づいて差し押さえを行うには、まず訴訟を起こして判決を取得するか、示談内容を公正証書(強制執行認諾文言付き)として作成し直す必要があります。


Q.相手が転職した場合、給与差し押さえはどうなりますか?

A.従前の勤務先への差し押さえの効力は及ばなくなります。新しい勤務先を調査し、再度差し押さえの申立てを行う必要があります。


Q.相手の銀行口座が分かりません。差し押さえはできますか?

A.2020年の民事執行法改正により、裁判所を通じて金融機関に口座情報の開示を求める手続きが新設されました。また、財産開示手続きにより、相手に口座情報を陳述させることも可能です。「口座が分からないから諦める」という必要はありません。


Q.差し押さえの費用は誰が負担しますか?

A.強制執行の費用は、法律上、債務者(相手)の負担とされています。ただし、手続きを始める際には債権者が立て替える必要があります。立て替えた費用は、差し押さえにより回収する請求債権額に含めることができます。


まとめ


慰謝料を払わない相手に対しては、法律に基づいた差し押さえ(強制執行)という手段があります。ポイントを整理すると、以下のとおりです。


強制執行のポイント


  • 差し押さえには債務名義(確定判決、調停調書、公正証書等)が必要

  • 差し押さえできる財産は債権(給与・預貯金)、不動産、動産の3種類

  • 給与の差し押さえは継続的に回収できるため最も効果的

  • 2020年の民事執行法改正により、財産調査の手段が大幅に強化された

  • 被請求側でも、分割払い交渉や減額交渉で差し押さえを回避できる可能性がある


差し押さえの手続きは専門的で複雑なため、一人で進めるのは困難です。慰謝料の回収でお困りの方、または差し押さえを受けそうで不安な方は、早めに弁護士へご相談ください。


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